TZR125の思い出

実質、乗った時間は2年強でしょうか。
中古で20万ぐらいで買って、6万ぐらいで売れたと記憶しています。


当時は世の中レプリカブームでした。

GP500も、エディ・ローソン、ワイン・ガードナー、ウェイン・レイニー、ケビン・シュワンツ、ミック・ドゥーハンなどなど魅力的なライダーが多く、非常に盛り上がっていた時期でしたね。

ちなみに、新沼謙治というライダーの印象も強かった。
本名はニール・マッケンジーなのですが、中継では何度聞いても『新沼謙治』にしか聞こえないのです。それだけ。


さて、そんな中で、個人的にはVFR400R(NC30)かTZR250(3MA:サンマ)に乗りたいなぁ、と思っていました。

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NC30はちょうどプロアームと同じ左側にサイレンサーの取り回しが変更されたところで、スタイルも洗練され、且つ車体がとてもコンパクトで今見ても素晴らしいパッケージングです。


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一方、TZR250は独特の前方給気(!)、後方排気が魅力。

特に前方給気はこのバイクで始まりこのバイクで終わった(笑)幻の技術。
(混合気の扱いがデリケートなんでしょうね)

チャンバーの取り回しは、DUCATIが916でスーパーバイク選手権をカール・フォガティのライディングで勝ちまくったときに、「あ!パクリやがった!」と思ったぐらいインパクトありました。

916系はその後、長らく名車の誉れが高いですが、デザインとしてはあの時代のTZR250に敵わないと個人的には思います。

いまや、CBR1000Rでも見られる取り回しですが。

両車ともに経済的に余裕があれば所有したいバイクです。
(稀に見かけると視線が釘付けになります)


現実的に中型免許を取得できなかったのであきらめざるを得なかったのですが、問題は車種選びの選択肢の狭さ。

125ccは今もそうだと思いますが、オフロード車以外はなかなか選択肢がありません。

当時もRG125γか、TZR125しかありませんでした。
ある程度必然的にTZR125になりました。
(なぜなら中古車でRG125γなんて出回ってなかった!)


転倒した記憶はありませんが、2ストローク車だったので排気ガスの色、臭い、音はやはり近所迷惑なレベルで、母親は当時、息子が非行に走ったのではないか?と周囲からえらく心配されたそうです…。


実際の走りは、ヘタくそなのもありますが発進加速はスクーター以下。最高速度もメータ読みで140kmふってあり
ましたが、市街地で出せる出力的余裕もなくまあ、使いこなせる範囲のものでした。


当時は無知と情報不足、未熟さなどで随分トラブルも多かったです。

オイル切れのランプがついたのでオイルを補給したら、きちんと2ストローク車用オイルを買ったのに、なぜか
ギヤオイル注入口に注入して溢れさせ、それでも異常に気付かず、危うくオイル切れになる寸前になったり。

ブレーキパッド残量がゼロになり、気付かぬまま減速したらフロントロック&そのまま固定状態になり、うんともすんとも言わない状態に陥ったことも。

しかも今のように携帯があるわけではないので公衆電話からあちこちに助けを呼んで、それだけで汗だくになった(真夏)りしました。

加速中じゃなくてよかった…。


まあそんなこんなだったのでカスタムすることもなく、また、遠方に出かけようにも高速が使えない!のでその気も
起きず、名古屋に持っていくこともあきらめ、ドナドナされることとなったのでした。

それなりに大事にしたとは思うのですが、本当はどうだったのだろうか、と、書きながら振り返っている今の自分がいます。

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